足利学校の樹の下で

今では観光スポットとして定着した感のある足利学校であるが、四半世紀ほど前に復元工事が行われるまでは地味にコンパクトだった。その広さは現在の半分以下だったように思う。残りの部分を足利市立東小学校が占めていたからだ。その小学校は、その復元工事のために別の場所に移転し、後に廃校になってしまったが。

さて今より半世紀ほど前を思い出してみれば、
当時、足利学校敷地内には大小さまざまな樹木が散在し、それらに囲まれるように孔子廟と遺跡図書館があった。さらに裏手には歴代館長さん専用の墓地があったと聞かされていたが、そこは墓地というより、鬱蒼とした場所に沢山の墓石が積み上げられているようにしか見えなかった。しかし数百年の時の流れを感じさせてはくれていた。

そして当時の東小学校の生徒たちのあまり楽しいとは言えない行事のひとつとして足利学校敷地内掃除があった。落ち葉などを掻き集め袋に詰め込むという退屈な作業であったが、ひとつだけ興味をそそられることがあった。それは運が良ければ、あるいは運が悪ければというべきか、件の墓石辺りで人魂を見ることができたのだ。覆い茂る樹木の陰で、昼でも薄暗いのだから演出効果は抜群であったし、怖いもの見たさの心理も手伝って楽しく騒ぐことができた。

ところで僕が足利学校を大いに活用させてもらったのは高校生の夏休み期間だった。今と違って入場料を払うことなく誰でも利用できたし、遺跡図書館内は風通しも良く快適だった。また素敵なことに、晴れていれば木々の間にテーブルと椅子を持ち出すことができた。おかげで木漏れ日の中で読書する心地良さをたっぷりと味わうことができた。さらに時間がゆったりと過ぎてゆく雰囲気があり、これも好きだった。

僕にとっての夏の季語にもなっている足利学校の樹の下は、学ぶにも友と語らうにもちょうど良かったし、なにより木漏れ日と鬱蒼を同時に楽しめる快適な場所であった。

この記事を書いた人

岩澤 茂夫

マハロシステムズ代表 業務システム開発者。気がつけば、まもなく自分も高齢者のお仲間に。なので近ごろ特に気になるテーマといえば、高齢化社会。まずは、自分なりのサバイバルを探求中。